女性視点で描かれた恋愛の多面性
当サイトの評価
[★★★☆]
- 3rdアルバム
- リリース_1972年
- 作品名_No Secrets
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本作はカーリー・サイモンのデビュー翌年の1972年にリリースされた3rdアルバム。そして、彼女の名を全米に広めた決定的な作品となりました。
No Secretsと名付けられたこのアルバムが描いたのは、女性視点の恋愛の多面性です。
愛の正しさを確信する瞬間もあれば、相手の虚栄を皮肉る視線もあり、さらにお互いに“秘密をなくす”という透明性の約束が、逆に傷つけ合い、関係を揺るがすという逆説までが歌われます。
恋愛の喜びや安心だけではなく、その矛盾や不安までもテーマにしているのです。
音楽的には、プロデューサーのリチャード・ペリーのもと、当時の一流セッション・ミュージシャンが結集。フォーク色の強かった前2作に比べ、より洗練されたポップ・ロックへと大きく方向性を変えています。
明快でキャッチーなメロディと、サイモンの低めの落ち着いたボーカルが調和して、恋愛のリアルな感情を鮮やかに描いています。
カーリー・サイモンがこの作品で表現したのは、単なるロマンティックな愛の賛歌ではなく、恋愛というものが抱える光と影を映し出す女性の感性でした。
街角で偶然出会った友人のようなアルバムジャケットの写真が語るように、本作は多くのリスナーの共感を呼び、商業的にも大きな成功を収めたのです。
No Secretsのエピソード
1972年、カーリー・サイモンはロンドンのトライデント・スタジオでアルバムNo Secretsのレコーディングを行いました。
プロデューサーに迎えられたのはリチャード・ペリー。当初予定されていたポール・バックマスターからの交代は、レーベルの意向によるものでしたが、この変更が結果的に作品のポップ・ロック志向を決定づけました。
制作には当時の一流セッション・ミュージシャンが参加し、さらにロンドンの先進的な録音技術が加わることで、洗練されたサウンドを生み出しています。
アルバム・ジャケットは、ロンドンのポートベロ・ホテル前で撮影されました。街角で偶然出会ったような自然な構図は、作品が持つ親密さと率直さを視覚的に補強するものとなっています。
1970年代初頭は、キャロル・キング『Tapestry』やジョニ・ミッチェル『Blue』に代表されるように、女性シンガーソングライターが「女性の感情のストレートな表現」をアルバムのテーマに据えた時代でした。
サイモンのNo Secretsもまさにその流れに連なる作品であり、愛の正しさ、虚栄、秘密といった個人的経験を、万人が共感できるポップソングへと昇華させています。
アルバムは1972年11月に発表され、すぐに全米チャートで1位を獲得。5週連続で首位を記録し、プラチナ・ディスクに認定されました。
No Secretsの収録曲
- The Right Thing to Do
- The Carter Family
- You’re So Vain
- His Friends Are More Than Fond of Robin
- We Have No Secrets
- Embrace Me, You Child
- Waited So Long
- It Was So Easy
- Night Owl
- When You Close Your Eyes
PickUp:You’re So Vain
アコースティックなイントロに続き、「あなたは自分のことばかり考えている」と冷ややかに告げる『You’re So Vain』。
虚栄心に満ちた男性を痛烈に皮肉る歌詞は、ポップ史に残る“告発ソング”とも呼ばれます。愛情を込めるどころか、相手を突き放す視線が貫かれており、本作全体のテーマである“恋愛の多面性”の中でも最も辛辣な側面を担う一曲です。
印象的なリフレインとキャッチーなメロディを秘めたこの楽曲は、当時全米シングル・チャート1位を獲得しました。
背景には歌詞のモデルをめぐる憶測もあり、「誰のことを歌っているのか」という秘密を永続的に残しました。本作No Secretsを決定的な成功へと導いた楽曲です。
“You’re so vain, You probably think this song is about you, You’re so vain, I’ll bet you think this song is about you”
(自惚れないで。この歌はあなたのことと思っている?あなたはそう思っているんでしょ)
出典:Carly Simon『No Secrets』(1972, Elektra Records)
PickUp:His Friends Are More Than Fond of Robin
穏やかなフォーク・タッチで紡がれる『His Friends Are More Than Fond of Robin』。
歌詞に登場するのは「彼」と「ロビン」、そしてその友人たちです。語り手は自分の感情を直接表現するのではなく、「彼の友人たちはロビンのことをとても気に入っている」という外側の出来事を淡々と描きます。
ロビンは周囲にとっても特別な存在であり、その中で語り手が抱える劣等感や孤独感。その間接的な表現によって、恋愛に潜む微妙な不安や嫉妬心、疎外感が際立つ構造になっています。
カーリー・サイモンの温かみのある歌声と柔らかなフルートが調和する極めて美しいバラード。
女性の恋愛に伴う繊細な感情を、穏やかな旋律に転化した楽曲です。
“Please learn to call me in your dreams, The way I′m lookin’ at you is just as it seems”
(どうか夢の中で私を呼んでほしい。私があなたを見つめているそのままの気持ちで。)
出典:Carly Simon『No Secrets』(1972, Elektra Records)
おすすめの聴きかた
No Secretsはアルバム1枚で完結している名盤です。聴くときには1曲目からラストまで「通し」で聴くことをお勧めします。歴史的名盤のほとんどは、アルバム単位で作品が完結しており、映画を観るように「通し」で聴くのが基本です。
なお、本作は一流のセッション・ミュージシャンが集まり、当時の先鋭的なスタジオで録音されました。その中でも最大の魅力は、温かみのあるサイモンの声で表現した女性感情です。
一般的なロックのように音圧や躍動感を重視したリスニング環境でなくても、十分に作品の本質を感じることができると思います。
あとがき(No Secrets)
本作No Secretsを聴いていると、女性の恋愛に伴う不安や美しさ、その繊細な心情が垣間見える気がします。
喜びや安心だけでなく、嫉妬や皮肉といった複雑な感情までも音楽と同化し、温かな声によって鮮やかに表現されています。そうした多彩な感情の表現こそが、このアルバムが時代を超えて愛されている理由でしょう。
アルバムは『The Right Thing to Do』から始まります。
「あなたを愛することは正しいこと」と力強く歌い上げるその曲は、愛への確信に満ちたオープニングです。そこから本作は、安心や喜びだけでなく、皮肉や嫉妬といった恋愛の多面的な感情世界へと展開していきます。
カーリー・サイモンが本作で映し出したのは、単なるロマンティックな愛ではなく、光と影を抱えた恋愛感情のリアルでした。
あなたにとってもお気に入りの1枚になれば嬉しいです。