哀愁と力強さを兼ね備えたアイルランド回帰作
当サイトの評価
[★★★★(MAX)]
- 8thアルバム
- リリース_1987年
- 作品名_Wild Frontier
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モノクロームで撮影された大自然を背景に、強く拳を握りしめ険しい表情を浮かべるギタリスト。
本作Wild Frontierは、北アイルランド出身のアーティスト、ゲイリー・ムーアの8作目のアルバムです。
ゲイリーは、激しい速弾きから泣きの長音まで自在に操る技巧派ギタリスト。音色には情感が宿り、単なる技巧の誇示に終わらない表現力を持っています。
前作『Run for Cover』以前の作品は、米国のハードロック市場を意識したような印象が強かったのですが、Wild Frontierは音楽性が大きく変化しています。
ギター主導のハードロックという骨格はそのままに、旋律やアレンジにはケルトの雰囲気が色濃く漂います。ドラムマシンの無機質なビートと、ユリアン・パイプスの有機的な響きを融合させることで、伝統音楽とロックの交差を鮮やかに描写。
アルバム全体に、自己帰郷の情緒と誇りが入り混じったアイルランドの空気がはっきりと刻まれたWild Frontier。哀愁と力強さを兼ね備えたロックの名盤です。
ユリアン・パイプスはアイルランド特有のバグパイプで、柔らかく哀愁を帯びた音色が特徴です。アイルランドの民族音楽に欠かせない楽器です。
Wild Frontierのエピソード
本作Wild Frontierは、1986年末から1987年初頭にかけてロンドンで録音され、ピーター・コリンズとピーター・スミスがプロデュース、そしてジェームズ・“ジンボ”・バートンがエンジニアを務めました。
ドラムマシンを主体としたリズム設計は全曲に共通しており、一部では生ドラムやパーカッションも加えられています。
制作の背景には、同郷で長年の盟友であったフィル・ライノット(Thin Lizzy)の死がありました。アルバム背表紙には“For Philip”と献辞が刻まれ、収録曲『Johnny Boy』も彼への追悼曲とされています。
また、アイルランドの伝統楽器ユリアン・パイプスやフィドルを導入し、自身のバックグラウンドにあるケルト音楽の要素をロックに融合させたことが、本作の大きな特徴です。
アルバムのジャケットは、モノクロームの自然風景を背景にしたゲイリー・ムーアのポートレートで、デザインはBill Smith Studioが担当。荒野に立つ姿は、アイルランド回帰という作品テーマと一致しています。
英国でのリリースは1987年3月、Virgin Recordsから発売されました。リードシングル『Over the Hills and Far Away』はUKシングルチャートで最高20位を記録し、フィンランドとノルウェーでは1位を獲得。
アルバム自体もUK公式アルバム・チャートで最高8位に入り、特に北欧で高い人気を博しました。一方、米国Billboard 200では最高139位と、商業的成功は限定的でした。
本作は、ハードロックとケルト音楽の融合というユニークなアプローチと、盟友への明確な追悼という背景を持つ点で、ゲイリー・ムーアのキャリアの中でも特別な作品です。
Wild Frontierの収録曲
- Over the Hills and Far Away
- Wild Frontier
- Take A Little Time
- The Loner
- Wild Frontier (12″ Version)
- Friday On My Mind
- Strangers in the Darkness
- Thunder Rising
- Johnny Boy
- Over the Hills and Far Away (12″ Version)
- Crying in the Shadows
PickUp:Over the Hills and Far Away
アルバムWild Frontierを象徴する1曲であり、ゲイリー・ムーアのアイルランド回帰を最も色濃く感じられるナンバー。
ユリアン・パイプスのイントロが大地の空気を感じさせ、聴く者をアルバムの世界感へと誘います。
タイトルは“遥か彼方の丘を越えて”という意味。無実の罪、愛と犠牲、遠い地への流刑というモチーフは、アイルランドやスコットランドの古い民謡やバラッド(叙情詩)にも通じるテーマです。
そこには故郷や誇りへの憧憬が込められており、アルバム全体のテーマと重なります。
楽曲は無機質なドラムマシンのビートの上に、ケルト旋法のギターとパイプが重なり、伝統と現代が融合した独特のサウンドを構築。サビに向けて広がるメロディは力強くも切なく、このアルバムの方向性を冒頭から鮮やかに提示しています。
PickUp:Wild Frontier
アルバムのタイトル曲にして、最も開放感と疾走感を備えたナンバー。軽快なリズムと高揚感あふれるギターリフが、まるで広大な荒野を駆け抜けるかのような爽快さを描いています。
タイトルの『Wild Frontier』は“荒野の前線”という意味で、未知の地へ踏み出す決意や冒険心を象徴。ゲイリーのボーカルは情熱を帯び、ギターは速さと情感を兼ね備えたフレーズを響かせます。
中盤のギターソロは特筆もので、テクニックの誇示ではなく、旋律の流れと感情表現が一体化。最後まで勢いを失わず、聴き終えた後に高揚感だけが残る、タイトル曲にふさわしいロックナンバーです。
おすすめの聴きかた
Wild Frontierはアルバム1枚で完結している名盤です。聴くときには1曲目からラストまで「通し」で聴くことをお勧めします。歴史的名盤のほとんどは、アルバム単位で作品が完結しており、映画を観るように「通し」で聴くのが基本です。
また、本作は無機質なドラムマシンと有機的なケルト楽器が重なり合う、80年代ならではの厚みのある音像が魅力です。そして、ゲイリー・ムーアの情熱と表情豊かなギターの音色。
AirPods(Pro)のような優しい音質では表現しきれない作品と思いますので、音圧や躍動感の強いリスニング環境で聴きましょう。
あとがき(Wild Frontier)
記事内で度々登場した「ケルト音楽」について、最後に触れておきます。
ケルト音楽とは、アイルランドやスコットランドをはじめとするケルト文化圏に伝わる民族音楽です。哀愁を帯びたメロディや、軽快なダンスのリズムが特徴で、聴くと緑の大地や海岸線、古城などが自然と浮かんでくるような世界観を持っています。
日本人にも馴染みのあるケルト音楽のアーティストは、エンヤではないでしょうか。あの“自然感”や“哀愁感”がケルトの雰囲気です。
今作Wild Frontierでは、ロックとケルト音楽の世界観が融合したような楽曲が多数並びます。一般的なハードロックと違う雰囲気を持っていることは、ロックを聴き始めの方でも感じ取れると思います。
ゲイリー・ムーアは、次回作『After the War』を経て、ロックのキャリアを一旦締めくくり、90年代からはブルースへと活動の軸を移していきます。
彼の作品の中でも、故郷回帰を歌った貴重なロックの名盤Wild Frontier。
あなたにとってもお気に入りの1枚になれば嬉しいです。