ドライブ体験を抽象化した移動と時空の構築美
当サイトの評価
[★★★☆]
- 4thアルバム
- リリース_1974年
- 作品名_Autobahn
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Autobahn(アウトバーン)とは、Auto(車)と Bahn(道)を組み合わせたドイツ語の言葉で、日本語では「高速道路」を意味します。
ドイツでは、速度制限のない区間が存在することでも知られ、現代的な移動の象徴とも言える社会インフラのひとつです。
本作は、そのAutobahnをテーマにドイツのアーティスト、クラフトワークが制作した4枚目のアルバムであり、1970年代中期のエレクトロニック・ミュージックを代表する作品。
アルバム全体を通して、高速道路が象徴する「均質な時間」「持続する運動」「都市と自然の接続」といったテーマで一貫しています。
冒頭の1曲目は、22分を超える大作。
実際の高速走行を模した「起動→加速→巡航→減速」という動的プロセスを音として抽象化した構成で、車中に響く“追い越し音”や“変わりゆく風景”、そして“反復のリズム”が、聴覚的に表現されています。
劇的な盛り上がりや旋律の起伏はなく、一定のテンポの中で、表現される音色やリズムの変化。
そして、2曲目の無重力空間を経て、3曲目は緻密に組まれたシーケンスが近未来を思わせる旋律を奏で、光に包まれた宇宙を疾走するような爽快なグルーヴを描き出します。
本作は、音楽という枠を超えて、“移動そのもの”を表現領域とした実験的かつ革新的な試みでもあります。
高速道路から宇宙へ
作品内でテーマは大きく変化しているように見えますが、その根底にあるのは、一貫して「移動中に生じる感覚の変化」です。
風景の推移、音の反復、そしてトランス的な近未来感。これらが“移動中の感覚変化”を鮮やかに描いています。
Autobahnのエピソード
クラフトワークは、『1st_Kraftwerk』から『3rd_Ralf & Florian』に至るまでの初期3作を、自ら“考古学的遺物”と語っています。生楽器と即興性を残したその音楽は、まさにクラウトロック(初期の実験的ドイツ・ロック)の空気を色濃く継承したものでした。
Autobahnの前作以前の3作品は、アーティストの意向もあってか、各種音楽ストリーミングサービスでも聴くことはできません。
しかし1974年、本作Autobahnの制作を通じて、彼らの音楽性は大きく変化します。英米ロック的な“英雄性”からは、明らかに距離を置いたのです。
これまでの作品では共存していたフルートやギターといった生演奏の要素が徹底的に排除され、すべての音が電子的に生成・編集されました。
この時点で、クラフトワークは演奏者というよりも“音響の設計者”へと役割をシフトさせ、音楽を設計的・構造的に捉えるスタンスを確立したのです。
均質な時間、持続する運動、都市と自然の接続
それは単なるコンセプトにとどまらず、楽曲構造そのものに組み込まれ、初めて音と意味が完全に一致した作品として完成します。
このアルバムは、彼ら自身が掲げる“電子美学”を描ききった記念碑的作品でもあります。
Autobahnは1974年11月にPhilips Records(独)から発売され、翌1975年には米国でもリリース。シングルカットされた『Autobahn』は、英国11位、米国25位を記録。
フルアルバムもまた、英4位・米5位・独7位という世界的成功を収めました。
この作品は、後のミニマル・テクノや環境音楽における“変化なき変化”の思想へと引き継がれ、ポピュラー音楽の形式的多様性を拡張する契機となりました。
Autobahnの収録曲
- Autobahn
- Kometenmelodie 1
- Kometenmelodie 2
- Mitternacht
- Morgenspaziergang
PickUp:Kometenmelodie 2
『Kometenmelodie 2』を直訳すると、彗星のメロディー2。そのタイトル通り、この曲はトランス状態で宇宙空間を疾走するような情景を見せてくれます。
移動が光速度に達したときの周囲の景色。視界すべてが光に包まれたような感覚です。
無情景ではありません。鮮やかな色が溶け込んで、ただただ前方から後方へ光速で流れていく情景。
音楽的には、あえて1拍目を遅らせる表現。また鳴り損ねたような音が存在することで、物理現象の規則性に抗う自然界の“揺らぎ”すら感じ取ることができます。
特にアルバムの1曲目から通して聴いた際の爽快感は、この作品でしか感じられないように思えます。
この楽曲は50年以上前に制作されたにも関わらず、現代基準でも“近未来”を感じます。
PickUp:Morgenspaziergang
アルバムの最後を飾るのは、朝の散歩を意味する『Morgenspaziergang』。
これは、高速道路の移動や彗星の宇宙空間の移動を終え、最終的に辿り着いた地球の“朝”を描いた楽曲のようです。
作者の意図ではないと思いますが、わたしは生命体が絶えたあと残った自然豊かな原野に、ふと自然発生的にフルートのメロディーが生まれ、いつまでも素朴に奏でられているような印象を受けます。
あまりに美しいフルートですが、そこに大きな旋律の起伏も壮大なクライマックスもありません。
ただ、儚く素朴なフルートの音色が流れ、アルバムは静かな朝の空気へと溶け込むように終わっていきます。
おすすめの聴きかた
Autobahnは従来のポピュラー音楽の「物語時間」ではなく、「移動時間」の描写が本質。
アルバム1枚を通じて、始点から終点まで同質の活動が持続し、その中で微細な変化が蓄積される構成となっており、いわゆる盛り上がりや壮大なクライマックスはありません。
ただし、アルバムとして聴くことで、「都市から自然へ」という時間・空間的な旅が一本の線になります。ぜひ、1曲目から5曲目まで通して聴くことをおすすめします。
なお、各楽曲は精緻に構築されていますが、スピード感や激しさとは異なるため、一般的なロックのように音圧や躍動感を重視したリスニング環境でなくても、十分に作品の本質を感じることができると思います。
あとがき(Autobahn)
本作Autobahnの前作以前の作品において、クラフトワークは、“クラウトロック”を基軸としたアーティストでした。
クラウトロックとは、60年代〜70年代のドイツの古いロックスタイルで、ギターやドラムなどの楽器演奏はあるものの、電子音も積極的に取り入れる即興的演奏スタイルです。
クラフトワークは、4thアルバムとなるAutobahnで、完全にクラウトロックから脱却しました。
ロックの物語的ダイナミズムを引き算し、電子楽器の「反復・音色・設計」を主軸にすることで、“音楽=時空を設計する技術”という定義を音楽で表現したのです。
電子楽器を実験的なツールから“ポピュラー音楽の主要楽器”へと格上げし、音楽史に多大な影響を与えたAutobahn。
あなたにとってもお気に入りの1枚になれば嬉しいです。