当サイトの評価
[★★★☆]
- 4thアルバム
- リリース_2021年
- 作品名_Star-Crossed
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自身の離婚物語(愛の崩壊・内省・そして受容と前進へ)
本作Star-Crossedは、ケイシー・マスグレイヴスの4thアルバムです。第61回グラミー賞において、年間最優秀アルバムを含む計4冠を受賞したGolden Hourの次の作品です。
当サイトでは、デビュー作からGolden Hourまでの3作品について、すべて最高評価で称賛しましたが、今作Star-Crossedは作品テーマにも音楽性にも大きな変化がありました。
Golden Hour収録の楽曲『Happy&Sad』で歌われた、「結婚後の幸福感と、いつか失われてしまうのではないかという不安」が現実のものとなり、ケイシー・マスグレイヴスは幸福な結婚から一転、離婚を経験することになります。
本作Star-Crossedは、自身の離婚を「Ⅰ.崩壊の兆し」、「Ⅱ.愛の崩壊」、「Ⅲ.受容と前進」の3部構成で表現した作品。これまでのアルバムとは方向が異なり、ストーリー性に比重を置き構成されたコンセプト・アルバムです。
音楽そのものを楽しむというより、そのストーリーに音楽を合わせて楽しむようなアルバムに仕上がっています。
Star-Crossedのエピソード
本作Star-Crossedは、2021年にリリースされたケイシー・マスグレイヴスの4thアルバムです。制作は引き続き、ダニエル・タシアンとイアン・フィッチュクを中心に行われました。
Golden Hourで確立された、カントリーの枠を超えたクロスオーバー志向がさらに強化され、ディスコ、サイケデリック・ポップ、エレクトロニカ、スペイン風ギターなど、多彩なジャンル要素が盛り込まれています。
従来のナッシュビル・カントリーの文脈をさらに離れ、ポップスやインディ・ポップに接近したサウンドが特徴です。
テーマは自身の離婚体験であり、アルバム全体を“three-act tragedy(三幕の悲劇)”として構想したことを本人が語っています。
- act1:幸福の仮面の下に潜む崩壊の兆し
- act2:愛の崩壊と感情の混乱
- act3:再生と受容、そして人生肯定
“I felt it is important to transform my experience into something bigger. This album is structured as a three-act tragedy.”
(自分の経験をもっと大きなものに変換することが大事だと思ったの。アルバムは三幕の悲劇として構成されている。)
出典:Vulture “Kacey Musgraves Structured ‘Star-Crossed’ as a Greek Tragedy” (2021, Vulture)
この流れに沿って曲順が配置され、アルバム全体が一つの悲劇的ラブストーリーとして進行します。本人が “tragic love story” と語るように、個人的体験を古典悲劇の枠組みに乗せ、普遍的物語へ昇華させた点に特徴があります。
本作Star-Crossedでは、ケイシー本人の発言から、シェイクスピアの悲劇的モチーフが参照されていることが確認できます(ロミオとジュリエット)。
さらにアルバムのリリースと同時に、映像作品Star-Crossed: The Filmが公開されました(詳細は後述します)。
本作Star-Crossedはリリース後、全米ビルボード200で初登場3位を記録。カントリー・アルバム部門では1位を獲得し、前作ほどの規模ではないものの、商業的には高い成功を収めました。
批評面では賛否が分かれましたが、海外の主要批評メディアからは概ね肯定的な評価を得ています。
カントリー・アルバム部門で1位を獲得しましたが、本作のサウンド自体はポップやエレクトロ要素が強く、従来のカントリー色は希薄と評されています。

Star-Crossedの収録曲
- Star-Crossed
- Good Wife
- Cherry Blossom
- Simple Times
- If This Was a Movie
- Justified
- Angel
- Breadwinner
- Camera Roll
- Easier Said
- Hookup Scene
- Keep Lookin’ Up
- What Doesn’t Kill Me
- There Is a Light
- Gracias a la Vida
- act1_崩壊の兆し(1-5曲目)
- act2_愛の崩壊(6-10曲目)
- act3_受容と前進(11-15曲目)
全楽曲の歌詞解説
act1_崩壊の兆し
01_Star-Crossed
アルバムの序章。運命に翻弄される愛をstar-crossedという言葉で表現しています。シェイクスピア悲劇の幕開けを思わせる荘厳な雰囲気が漂い、物語の基調を定めます。
冒頭のスペイン風ギターは、同国の伝承曲『愛のロマンス(映画:禁じられた遊び)』を想起させます。
02_Good Wife
「どうか良い妻にならせてください」という切実な願いを、何度も神に訴える楽曲。「夫に必要とされたい」「愛され続けたい」という願望と、自分を抑えてまで“良き妻”になろうとする葛藤が描かれています。
03_Cherry Blossom
日本文化に着想を得た儚いイメージで、春に咲いてすぐ散る桜をモチーフにした楽曲。「燃えるような愛が一瞬で消えてしまうのでは」という不安と、それでも大切に続けたいという願望が込められています。
04_Simple Times
大人の現実に疲れ、無邪気で毎日が金曜日のように楽しかった日々を懐かしむ楽曲です。結婚生活の重圧や喪失感を「シンプルな時代への逃避」として表現。
05_If This Was a Movie
現実が映画のようにうまくいけば、と願う幻想と失望を歌います。関係が既に修復不能であることを悟りながらも、まだ未練を抱える心情が滲みます。
act2_愛の崩壊
06_Justified
別れに伴う怒りや矛盾を抱えながらも「私は正当化されるはず」と歌う楽曲。時に「自分も相手を傷つけたのでは」と罪悪感を滲ませつつ、やはり自分の感情は間違っていないと結論づけています。
07_Angel
「もし私が天使なら言葉も傷つけずに済む」と、関係の中での衝突や後悔を歌う楽曲。愛する人を守りたかった気持ちと、自分の未熟さへの苛立ちが同時に表れています。
08_Breadwinner
女性の成功と輝きを受け止められない未熟な男性像を描く楽曲。経済力も家事的ケアも欲しがる男性の二重取りの要求を、韻と反復で強調します。
09_Camera Roll
スマートフォンに残る写真を見返すことで過去の幸福と愛情が蘇る。消したいのに消せない、未練と感謝が同居する繊細な心情が描かれています。
10_Easier Said
夢や挑戦を恐れずに生きてきた彼女が、「愛すること」だけは思った以上に難しいと気づく心情を歌っています。楽曲の中で「なぜ愛はこんなに難しいのか」と問いかけます。
act3_受容と前進
11_Hookup Scene
別れた後の空虚な出会いや一夜限りの関係を描いた楽曲。気軽な恋の空虚さを知り、失った愛の本当の価値に気づく後悔の歌です。
12_Keep Lookin’ Up
傷を抱えながらも「顔を上げて進もう」と自らに言い聞かせる楽曲。再生への意志が前向きなメロディとともに提示されています。
13_What Doesn’t Kill Me
有名な言葉「試練は私を強くする」を引用し、逆境から力を得ようとする姿勢を描く楽曲。そして、過去の辛い経験や失われた輝きを回想し、それがもう戻らないことを受容しています。
欧米で広く知られている「逆境が人を成長させる」という人生訓です。
14_There Is a Light
「私の中には光がある」を確信する楽曲。これまで相手のために自分を抑えたり、できることを隠し自己抑制していた過去が語られています。映像作品では、結婚生活からの決別の意図も読み取れます。
15_Gracias a la Vida
チリのシンガーソングライター、ヴィオレータ・パラの名曲をカバーしたナンバー。人生への感謝を静かに歌い上げ、悲劇の幕を普遍的な肯定感で締めくくります。
おすすめの聴きかた
本作Star-Crossedは、まず、アルバムリリースと同時に公開された映像作品Star-Crossed: The Filmを視聴することをお勧めします。
映像ではact1からact3まで、アルバム収録曲を導入しながら、ひとつのストーリーが描かれています。当初Apple TV+限定で公開されましたが、現在はYouTubeのアーティスト公式チャンネルでのみ視聴できます。
ただし、本映像作品は、YouTube内で検索してもヒットしませんでした。詳しいことは分かりませんが、積極的に公開されていないのかもしれません。
日本語訳などのテキスト表示も不可で、意図が分かり辛い映像になっているため、当サイトの解釈文を掲載します(公式情報ではなく、主観を含みます)。※アルバムテーマの解釈のつもりですが、ネタバレ注意
なお、当作品は最終的に「人生への感謝」、「受容と前進」で締めくくりますが、映像作品の全編において、ケイシー・マスグレイヴスの“笑顔”はほとんど見られません。
下記が映像作品Star-Crossed: The Filmです。
act1_崩壊の兆し
オープニングでケイシーは白いウェディングドレス姿で現れます。しかし、その表情は硬く、幸福の象徴とは裏腹に不穏さを帯びています。
続くシーンでは友人と共に「結婚式場襲撃」や「妻訓練学校」に向かい、理想の花嫁像や結婚制度そのものを皮肉る演出が展開。掃除道具やアイロンが並ぶ教室、形式的に「良き妻」の作法を学ばされる女性たちの姿は、ジェンダー規範の窮屈さをあらわにしています。
ここで歌われる『Good Wife』は「良き妻であろう」と努力しながらも満たされない心情を描き、映像の皮肉と重なり合います。
表面的な幸福の裏で進行する崩壊の兆しがact1で提示され、物語は幕を開けるのです。
act2_愛の崩壊
“BEFORE WE LOST”というテロップとともに車を走らせるシーンから、愛の崩壊が本格的に描かれます。
悩ましげな表情や涙は、法的には夫婦であっても心はすでに破綻していることを提示。紙を破り捨てるシーンも印象的です。
ウェディングドレスでの喫煙は「純白の花嫁像」の否定であり、交通事故とバラバラになったマネキンは「理想の妻」という虚像が粉々に砕ける瞬間と解釈できます。
ここで流れる『Camera Roll』は、別れた後もスマートフォンに残る写真が過去の愛を突きつける痛みを描きます。愛は崩壊しても、その痕跡だけが残り続けるという現実を強調。
救急車や手術室の場面で肉体は容易に修復されても、胸奥にあるハートは大きく裂けたまま。映像は「外見の回復」と「内面の崩壊」を対比させ、離婚という経験の深さを映し出しています。
act3_受容と前進
病院からの退院とともにテロップで表示されるのは“THERE IS A LIGHT”の文字。古来から自由や力強さの象徴である馬と走る姿は、解放と再生を表現しています。
一方で、大人のスーツを着せられた子どもも登場し、社会的責任や役割を無理に背負わされていた現実も表現。この対比は、再生の過程における自由と制約からの脱却を描いているようです。
続く『What Doesn’t Kill Me』は「逆境は私を強くする」と歌い、過去の痛みを未来の力に変える決意を描いています。そして『There Is a Light』で、大勢の女性と踊るシーンが展開され、精神的な解放と共同体的な力が提示されます
建物に掲げられた「ANNULMENT」の文字は、婚姻無効を意味します。ここでは単なる離婚ではなく、理想の結婚像そのものが虚構だったことを突きつけていると解釈できます。
最終曲『Gracias a la Vida』は、ラテンアメリカを代表する人生讃歌として世界中で歌い継がれてきた名曲です。
作者ヴィオレータ・パラは悲劇的な最期を遂げましたが、それゆえに「人生の光と影をすべて抱きしめて感謝する」という歌の言葉には強い説得力があります。
ケイシー・マスグレイヴスはこの曲をアルバムの締めくくりに置くことで、自身の離婚という個人的悲劇を超えて、より普遍的な「人生の肯定」へと物語を広げています。
あとがき(Star-Crossed)
本作Star-Crossedは、ケイシー・マスグレイヴスの従来作とは一線を画す作品。アーティストの意図を可能な限り伝えるように、当記事でも工夫を凝らしました。
記事の定番構成になっている「PickUp」の章を省き、代わりに全楽曲の歌詞の概要を掲載しました。そして、Star-Crossedの映像作品の解釈も重要視しました。
理由として、わたし自身、この作品を最初に聴いたとき、音楽性や聴きどころがまったく分からなかったのです。
ケイシーの結婚相手もカントリーのミュージシャンでした。ただし、世界的な成功を収めた彼女に比べると、活動規模や知名度には大きな差がありました。
そして離婚については、“相手を裏切る行為はなかった”こと、そして価値観・人生観の相違が理由であることが公言されています。そこには、名声の違いや夫婦間の役割など、さまざまな感情の交差があったと推測できます。
そのような背景を知り、改めて再生するアルバムは全然違うものに聴こえてきました。
純粋な音楽とは、後付けされる情報に左右されないと信じてきましたが、本作は音楽という芸術が持つ多様性に気付かされます。
映画で流れた音楽、大切な思い出と繋がる音楽。
改めて実感したのは、音楽は単なる“音”に留まらないということ。個人の体験やアーティストの背景と結びつくことで、音楽の響きは変容し、聴き手に新たな意味を生み出すのです。
本作はそのことを強く教えてくれる作品でした。ぜひ、映像作品とあわせて聴いてください。
そしてStar-Crossedが、あなたにとってもお気に入りの1枚になれば嬉しいです。