【永遠の名盤】Golden Hour(ケイシー・マスグレイヴス)

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[★★★★(MAX)]

  • 3rdアルバム
  • リリース_2018年
  • 作品名_Golden Hour

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目次

カントリー少女から大人の女性へ成熟した大名盤

本作Golden Hourは、ケイシー・マスグレイヴスがリリースした3rdアルバム。これは、日本におけるデビュー盤でもあります(前2作は輸入盤として流通)。

1stの『Same Trailer Different Park』、2ndの『Pageant Material』で一貫して描いていたカントリー色は鳴りを潜め、ディスコ、エレクトロポップ、エレクトロニカなどのジャンルが複合しています。

そしてヴォーカルスタイルも、これまでの“元気なカントリー少女”から一転し、大人の女性の成熟感を帯び、前作からの延長作でないことが明確に意識されています。

“ファン文化”が重要な音楽産業において、作品の方向性を変えることは、既存ファンの期待に反することも多いのですが、本作Golden Hourは異なる結果に導かれます。

リリース直後から、米英の主要な批評メディアが大絶賛。2010年代を代表する作品とまで評される結果となりました。

さらに第61回グラミー賞においても合計4冠を受賞。小さな町からデビューしたカントリー少女が、世界的な音楽シーンの頂点を極めたのです。

本作Golden Hourの音楽性は、デビュー以来の“等身大の口語性”を保ちながら、サウンドの幅を大きく広げた点が特徴です。穏やかなアコースティックとシンセサイザーの透明感が同居し、カントリーの物語性とポップの普遍性を見事に融合させています。

『Slow Burn』や『Oh, What a World』といった楽曲では、静かなテンポに余韻を重ね、包み込むような時間感覚を生み出しています。一方で『High Horse』ではディスコのリズムを取り入れ、伝統的カントリー・ミュージックに新しい生命を与えました。

ケイシー・マスグレイヴスの新たな試みで制作されたGolden Hourは、ポピュラー音楽の歴史に刻まれる大名盤として、永く愛され聴き継がれていくでしょう。

Golden Hourのエピソード

本作Golden Hourは、2018年にリリースされたケイシー・マスグレイヴスの3rdアルバムです。

前2作と比べ制作体制に大きな変更がありました。プロデューサーに新たにダニエル・タシアンとイアン・フィッチュクを迎え、ナッシュビルの伝統的カントリー色からの刷新が図られています。

結果として、ディスコやエレクトロポップ、エレクトロニカといった要素が取り込まれ、サウンド全体に大きな変化が生まれました。

伝統的なカントリー・サウンドから距離を取り、ディスコやエレクトロポップなどの要素を積極的に取り入れる下地がここで整えられたのです。

また、この時期のケイシーは自身の結婚を経験しており、アルバムには愛や安らぎのモチーフが強く反映されています。一方で、孤独や不安を描いた楽曲も収録されており、光と影を併せ持つ世界観が生まれています。

これまでの作品と比べて、個人的な感情がアルバム全体に漂う点が特徴的です。

リリース後、本作は批評家から軒並み高評価を受け、2010年代を代表する作品とまで称されました。そして翌2019年、第61回グラミー賞において歴史的な快挙を成し遂げます。

  • 年間最優秀アルバム
  • 最優秀カントリー・アルバム
  • 最優秀カントリー・ソング:「Space Cowboy」
  • 最優秀カントリー・ソロ・パフォーマンス:「Butterflies」

年間最優秀アルバム、そして合計4冠の受賞は、カントリー女性アーティストとして稀少な快挙でした。

年間最優秀アルバム

グラミー賞「Album of the Year(年間最優秀アルバム)」とは、その年を代表する最も優れたアルバムに与えられる最高栄誉です。ポップ、ロック、ヒップホップ、ジャズ、カントリーなど、すべてのジャンルの作品が対象になります。

本作Golden Hourは、全米アルバムチャートで初登場4位、カントリー・アルバム部門では1位を獲得。2021年にはRIAAよりプラチナ認定を受けるなど、セールス面でも大きな成功を収めました。

下記はグラミー賞受賞の感動的な瞬間です。彼女自身、この受賞は想像もしていなかったのだと思います。

Golden Hourの収録曲

  • Slow Burn
  • Lonely Weekend
  • Butterflies
  • Oh, What a World
  • Mother
  • Love Is a Wild Thing
  • Space Cowboy
  • Happy & Sad
  • Velvet Elvis
  • Wonder Woman
  • High Horse
  • Golden Hour
  • Rainbow

PickUp:Butterflies

『Butterflies』は、恋愛の瞬間の高揚感を描いた楽曲です。

停滞した日常から解放され、自由に羽ばたく自分を“蝶”に重ねる比喩はとても鮮やか。従来の皮肉や風刺を効かせた作風から一線を画し、「初めて誰かに出会った瞬間に湧き上がる感情」を清純に描写する表現として称賛されました

歌詞では「大切にしている王冠を奪うのではなく心を奪う」といった対比が繰り返され、愛によって自己が再生する感覚を明確に表現。さらに「サナギ」という言葉を用いて、恋が新しい自分を生み出す契機になることも歌われます。

音楽的にも、軽やかなリズムと柔らかなアレンジが、不安と期待が交差する恋の初期感覚を再現し、タイトルどおり蝶が舞うような浮遊感を与えてくれます。

派手さを抑えたシンプルな構成で歌声と感情が際立つ楽曲。

『Butterflies』はグラミー賞「最優秀カントリー・ソロ・パフォーマンス」を受賞し、アルバムを代表する名曲として高く評価されました。

PickUp:Happy & Sad

『Happy & Sad』は、一見すると矛盾する感情を同時に抱える人間らしさを描いた楽曲です。

幸せの絶頂にある瞬間でさえ、「いつか終わってしまうのではないか」という不安が心をよぎる。その繊細な感覚が率直な言葉で表現されています。

愛する人と一緒にいる幸せが描かれる一方で、その時間が永遠ではないことを意識し、喜びと切なさが交差する極めて人間的な心情。「今が最高だからこそ、失うことが怖い」という逆説的な感情は、旋律とともに高い共感性を持っています

音楽的には、柔らかく広がるシンセサウンドと抑制されたテンポが特徴的です。朗らかなメロディにどこか陰影を帯びたハーモニーが重なり、歌詞が描く「喜びと不安の同居」をそのまま音で体現しています。

楽器演奏もヴォーカルの旋律もすべてが美しく、映画のエンドロールにマッチしそうなドラマ性を秘めています。

“Is there a word for the way that I’m feeling tonight?”

“Happy and sad at the same time”

(今夜、わたしが感じている気持ちを表現する言葉はあるかしら?)

(幸せと悲しみを同時に感じるの)

出典:Kacey Musgraves『Golden Hour』(2018, MCA Nashville)

おすすめの聴きかた

Golden Hourはアルバム1枚で完結している名盤です。聴くときには1曲目からラストまで「通し」で聴くことをお勧めします。歴史的名盤のほとんどは、アルバム単位で作品が完結しており、映画を観るように「通し」で聴くのが基本です。

特に、本作のように音楽的に転換期を迎えた作品は、アルバム単位で聴くことで、アーティストの描く世界、そして変化をより楽しむことができます。

なお、一般的なロックのように音圧や躍動感を重視したリスニング環境でなくても、作品の本質を楽しむことができますが、本作はディスコやエレクトロポップなど音響的な魅力も高い作品。

可能な限り、音圧や躍動感の強いリスニング環境で聴くことをおすすめします。

名曲揃いのGolden Hour

本作Golden Hourは、忖度を排して評価する海外の批評メディアからも「芸術」と称された、名曲揃いのアルバムです。

PickUpで紹介した楽曲以外も、ぜひ聴いて、あなたのお気に入り曲を見つけてください。

最後に収録されている『Rainbow』は祖母を亡くし悲しみに包まれていたとき、母親からかけられた「雨の向こうには虹がある」というフレーズを元にした美しいバラード曲です。

また、ケイシーはインタビューで「若い頃、鼻ピアスを開けたときに、それを見た祖母が涙した」という思い出を語っています。彼女の音楽には、家族への思いや記憶が折り重なっています。

あとがき(Golden Hour)

ケイシー・マスグレイヴスのアルバムと出会ったきっかけ。

わたしは生涯で3度だけ、“美容室”に通ったことがあります。動機は覚えていません。普段の理容室とは違う、オシャレな空間。

その待ち時間に手に取った雑誌の片隅で紹介されていたのが、本作Golden Hourだったのです。

音楽的偏見が強く、カントリー・ミュージックに関心が無いわたしは、なぜか自宅に戻ったあとGolden Hourを再生し、そして強く魅了されました。その後、遡って聴いた1stの『Same Trailer Different Park』、2ndの『Pagent Material』ともに、わたしにとって欠かせないアルバムとなりました。

名盤との出会いは、好きなアーティストからの波及、そして偶然の接点。

さまざまな形があると思います。

音楽には、国、年代、ジャンル、作風など多くの要素が混在していますが、意外なところに自身の感性を震わせる楽曲が存在しているかもしれません。偏見は持たないほうがよいのです。

小さな町からデビューした少女が、カントリーの伝統を経由したのちに完成させた、歴史に刻まれる名盤Golden Hour。あなたにとっても「聴き継がれるアルバム」になれば嬉しいです。

この記事を書いた人

一生の中で、このアルバムに出会えてよかった

rock-streetsでは、わたしの大切なアルバムを、わたしの言葉で伝えています。
ロックであれ、ヘヴィメタであれ、感情を揺さぶる音楽は「芸術」と考えています。

Rockに限らず、クラシックも紹介していきます

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