当サイトの評価
[★★★☆]
- 13thアルバム
- リリース_1974年
- 作品名_Jolene
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女性の愛の詩を描いた70年代カントリーの名盤
本作Joleneは、米国カントリー音楽史の伝説的存在、ドリー・パートンの作品です。1974年に通算13枚目のスタジオ・アルバムとしてリリースされました。
アルバム全体で24分台という短い音楽集は、バンジョー、フィドル、ペダルスティール、アコースティックギターといった典型的なナッシュビル・サウンドを中心に演奏されています。
そして、全体を通じて歌われているのは女性を視点にした愛の詩。愛・嫉妬・別れ・孤独・再生という多面的な感情を、ひとりの女性の声で語った作品です。
内省的なテーマでもサウンドは軽やかなカントリー・ポップに仕上がっています。
アコースティック中心の編成が生み出す温かみのある音色は、田舎の風景や晴れた朝を思わせる穏やかさを秘めて、感情の陰影を優しく包み込んでいます。
本作Joleneには世紀の名曲『I Will Always Love You』が収録されています。1992年公開の映画「ボディガード」のメインテーマで、全米14週連続1位という当時の最長記録を樹立した楽曲のオリジナル(原曲)です。
このアルバムは、後進の女性カントリーアーティストに“音楽的影響”よりも深い次元の「表現と語り方」のモデルとして、大きな影響を残しました。
女性アーティストが残した70年代のカントリー・アルバムとして、永遠に語り継がれる名盤です。
Joleneのエピソード
1974年2月、ドリー・パートンはアルバムJoleneをRCAビクターからリリースしました。
本作のリリース前、彼女は人気テレビ番組「The Porter Wagoner Show」の女性歌手として、レギュラー出演していました。
1967年に抜擢された当時の年齢は21歳で、まだ地方ラジオで注目されはじめたばかりの新人。しかし番組を通じて、毎週全米の家庭に歌声が届けられ、一気に人気が広まります。
彼女を発掘したのは番組司会者のポーター・ワゴナー。ドリーは番組内で歌唱・デュエット・トークを担当し、ワゴナーとの軽妙な掛け合いやハーモニーで視聴者を魅了しました。
2人は音楽的にもビジネス的にも強いパートナー関係を築き、RCAレコードから「Porter Wagoner and Dolly Parton」名義のアルバムを複数リリースしています。
しかし、彼女の人気はやがて番組の枠を超えるようになります。
ワゴナーは彼女を“デュエット相手”として、コンビ活動の継続を求めるのに対し、ドリーは“自作曲でより自分の感情を表現したい”と考えるようになり、音楽方針や契約面での意見の対立が表面化。
1974年、ついにドリーは約7年間出演した番組を離れ、ソロ活動に専念します。本作Joleneは、他者のパートナーという存在から、自らの人生を語るアーティストへと変わる瞬間を記録した作品なのです。
“I loved Porter very much. I respected him deeply. But I needed to find my own voice.”
(彼のことを深く尊敬していた。でも、私には“私自身の声”が必要だったの)
出典:Dolly Parton, Dolly Parton: Platinum Blonde(BBC Documentary, 2012)

Joleneの収録曲
- Jolene
- When Someone Wants To Leave
- River Of Happiness
- Early Morning Breeze
- Highlight Of My Life
- I Will Always Love You
- Randy
- Living On Memories Of You
- Lonely Comin’ Down
- It Must Be You
PickUp:Jolene
アルバムのタイトル曲です。
歌詞世界は、ある女性が“Jolene”という美しい女性に対して、「恋人を奪わないで欲しい」と懇願するというシンプルな内容。立場は被害者的でも、ドリーは敵意や攻撃を示さず、嫉妬・恐れ・哀願といった繊細な感情の揺らぎを誠実に描いています。
楽曲はマイナー(短調)キーですが、軽快なテンポとリズミカルなギターによって、切ない歌詞とは対象的な聴き心地のよいカントリーサウンドを生み出しています。
発表当時、同曲は全米カントリー・チャート1位を獲得し、のちに全世界で数百回もカバーされました。これは彼女の作品の中で最も多くカバーされた楽曲です。
ホワイト・ストライプス、オリヴィア・ニュートン=ジョン、マイリー・サイラスなど、世代もジャンルも越えて愛され続けており、女性の不安や誠実な嫉妬心を正面から描いた“共感の詩”として、今日でも特別な地位を保っています。
PickUp:I Will Always Love You
本作Joleneの中でも、最も哀しく美しい楽曲。
この世紀の名曲は、作品制作のエピソードとして語り継がれるポーター・ワゴナーに向けて描かれたものです。
長年のパートナーであり、自身の成功の生みの親でもあるワゴナーに「別れの理由を言葉では伝えられない」と感じた彼女は、音楽で伝えることを選びました。
コンビからの離反
ドリーの独立の意思をそのように受け取っていたワゴナーですが、本楽曲「I Will Always Love You」を聴いた際、涙を流して“この歌なら君を送り出せる”と言ったと伝えられています。
90年代、ホイットニー・ヒューストンによってカバーされ、世界的に知られることになった本楽曲。ドリーが歌う「I will always love you」は、派手な装飾は一切なく、こんなにも素朴で美しいバラード曲なのです。
“If I should stay. Well, I would only be in your way”
“And so I’ll go, and yet I know. That I’ll think of you each step of my way”
“And I will always love you”(この場に残ったら、あなたの迷惑になるだけ)
(だから私は行くわ。でも分かっているの。歩む一歩ごとに、あなたのことを思い出すでしょう)
(そして、私はいつまでもあなたを愛している)
出典:Dolly Parton『Jolene』(1974年, RCA Victor)
ドリー・パートンとポーター・ワゴナーの関係は、あくまで深い信頼と情愛に基づいた音楽的パートナー関係です。
いずれの当事者も恋愛関係を明確に否定していますが、後年、ドリーは「私たちは恋愛関係ではなかったけれど、深く愛し合っていました。」と語っています。
おすすめの聴きかた
Joleneはアルバム1枚で完結している名盤です。聴くときには1曲目からラストまで「通し」で聴くことをお勧めします。歴史的名盤のほとんどは、アルバム単位で作品が完結しており、映画を観るように「通し」で聴くのが基本です。
本作は、アコースティックを中心とした穏やかなサウンドと、女性の心情を描いた歌詞が繊細に結びついたアルバム。内省的な世界観に反して、サウンドは軽快でどの曲にもカントリー・ポップの心地よさがあります。
一般的なロックのように音圧や躍動感を重視したリスニング環境でなくても、十分に作品の本質を感じることができると思います。
あとがき(Jolene)
わたしが本作Joleneと出会ったのは、Spotifyなどの音楽ストリーミングサービスが普及してからのことでした。
具体的な時期は覚えていませんが、おそらくケイシー・マスグレイヴスのアルバムをよく聴いていた頃、カントリーの系譜として、Spotifyのレコメンドで表示されたのだと思います。
それまで「I Will Always Love You」という楽曲を認知はしていたものの、80〜90年代のMTV時代の楽曲だと思い込んでいました。
ポピュラー音楽の歴史において、名曲がカバーされ世界的にヒットする事例は少なくありません。また、どのような解釈で歌われても、原曲への敬意がある限り、新しい輝きを生み出すのだと思います。
カバー曲であれ、原曲であれ、どちらが自身に響くのかはリスナーの“感性”が決めること。
ホイットニー・ヒューストンの歌を聴いたとき、映画「ボディガード」の感動や当時の思い出を思い起こす人もいるでしょう。
一方、ドリー・パートンの歌う「I Will Always Love You」にも、彼女にしか歌えない素朴さと温度感が宿っています。本記事で紹介したエピソードとともに、この楽曲が持つ唯一無二の美しさにも耳を傾けてみてください。
そして、本作Joleneが、あなたにとっても「聴き継がれるアルバム」になれば嬉しいです。
2007年5月19日、ナッシュビルの“Grand Ole Opry”で行われた「ポーター・ワゴナー80歳誕生日記念イベント」で、ドリー・パートンは彼の目の前で「I Will Always Love You」を歌唱しました。
この約5ヶ月後、ワゴナーはこの世を去っています。
“Porter was one of the greatest entertainers, and he was one of the greatest people that I have ever known and loved in my life.”
(ポーターは、これまで出会った中で最も偉大なエンターテイナーの一人であり、そして私の人生で最も愛した人のひとりです)
出典:Dolly Parton, CNN Entertainment (October 29, 2007)

