当サイトの評価
[★★★★(MAX)]
- 2ndアルバム
- リリース_1981年
- 作品名_Killers
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理性が衝動を制御したメタルの構築美
本作Killersは、英国を代表するヘヴィメタルバンド、アイアン・メイデンがリリースした2ndアルバムです。
彼らのデビュー作Iron Maidenは、レーベルとの契約後、わずか数週間でレコーディングを行いリリースされました。しかし、バンドリーダーのスティーヴ・ハリスは後年、「デビュー作の音に満足していない」と語っています。
その不満を晴らすかのように、翌年リリースされた本作Killersは、バンドの音楽思想が初めて体系化され、演奏・構成・音響のすべてに明確な秩序が与えられました。
サウンドは激しさを主体としたヘヴィメタルそのものですが、1stの“荒さ”が理性で制御されたような、数理的な構築美が宿っています。スティーヴが影響を公言しているプログレッシヴ・ロック的な構造設計を、このアルバムで体現したのです。
ストリート出身のボーカル、ポール・ディアノを構築主義的なスティーヴ・ハリスが理知的に統制し、制作当時の理想形に最も近づいた瞬間が刻まれているアルバムです。
バンドのマスコットキャラクター「エディ」は、今作で“殺人者”として登場します。都市の暴力や混沌、狂気といったテーマがアルバム全体を一貫し、曲順には物語的な起承転結が設計されています。
本作Killersによって、アイアン・メイデンは英国の新人バンドから一気に脱却し、独自の音楽理念を持つヘヴィメタルバンドへと飛躍しました。
そして、ポール・ディアノが参加した最後のアルバムとして、後の叙事詩的時代へと繋がる重要な転換点でもあります。
Killersのエピソード
1981年2月、アイアン・メイデンは2ndアルバムKillersをEMIからリリースしました。
本作は、前作で提示された衝動的なサウンドを理性によって再構築した作品であり、バンドの音楽性が体系化された最初のアルバムとされています。
プロデューサーには新たにMartin Birchを迎えました。彼はDeep PurpleやRainbowを手がけた名プロデューサーであり、以後10年以上にわたりメイデン作品を支える存在となります。
Martinの加入により、サウンドは飛躍的に洗練され、ベース、ギター、ドラムの分離感や空間的な奥行きが格段に向上しました。この“音の設計思想”は、以後のメイデン・サウンドの核となります。
ギタリストのエイドリアン・スミスが正式加入したことも、本作における重要な変化でした。前作でのデニス・ストラットン脱退後、スティーヴ・ハリスの旧友であったエイドリアンが加わり、デイヴ・マレーとのツインギター体制が本格的に完成します。
録音は1980年11月から1981年1月にかけて、ロンドンのBattery Studiosで行われています。前作の短期間制作と異なり、今回は十分なリハーサルとプリプロダクションを経て進められ、演奏精度も大幅に向上しました。
アルバムは全英チャートで12位、アメリカではBillboard 200で78位を記録。シングル『Purgatory』や『Twilight Zone(北米盤にのみ収録)』もチャートインし、バンドの知名度をさらに高めました。
商業的に成功を収めたとはいえ、サウンド自体には大衆性や商業性の気配はなく、純粋な“Rockファン”に向けられた名盤です。

Killersの収録曲(2015年リマスター版)
- The Ides of March
- Wrathchild
- Murders in the Rue Morgue
- Another Life
- Genghis Khan
- Innocent Exile
- Killers
- Prodigal Son
- Purgatory
- Drifter
Twilight Zoneは1981年にシングルとして発表された楽曲で、英国オリジナル盤『Killers』には未収録でした。北米盤および1998年リマスター盤ではボーナストラックとして収録されましたが、2015年リマスター以降の再発盤では再び除外されています。
現在の配信サービスではスタジオ版を聴くことができず、入手が難しい音源となっています。
PickUp:Wrathchild
本作Killersを象徴する代表曲。アイアン・メイデン初期を代表する楽曲であり、デビュー以前からライブで演奏されていた初期レパートリーの一つです。
スティーヴ・ハリスのベースリフから幕を開ける『Wrathchild』は、アイアン・メイデンのベース主導型ヘヴィメタルを確立した原型的なスタイル。
ギターリフが入る前にベースだけで楽曲の雰囲気を作り上げ、「リズムがメロディを導く」というメイデン特有の構造です。ベースを基調にディストーションが効いたギターとテンポを一切揺らさない冷徹なリズムを維持したドラム。
2分55秒という短い時間に、ヘヴィメタルの構築美が凝縮されています。
『Wrathchild』の歌詞は、望まれずに生まれた子の視点で描かれた世界。親からの愛もなく、父を知らず、母の存在も“夜の女”という出生の孤独と退廃がテーマになっています。
復讐の対象として描かれる“男”は実の父で間違いありませんが、象徴的には「自己の起源」、つまりアイデンティティを形づくる根源的存在でもあります。主人公は、その喪われた起点を取り戻すかのように、父という象徴を追い求めているようです。
当時のロンドンでは、失業率の上昇・階級差・家庭崩壊などが深刻化しており、パンク以降のロックが抱えていた「居場所のない若者」のテーマをヘヴィメタルで表現した楽曲。
下記は、ポール・ディアノが歌う貴重なWrathchild。Rockのカッコよさに溢れています。
“Until I find him, I’m never gonna stop searching / I’m gonna find my man, gonna travel around”
(あいつを見つけるまでは探し続ける/ 世界中を探し回る)
出典:Iron Maiden『Killers』(1981, EMI Records)
PickUp:Genghis Khan
ボーカルを含まない、アルバム中唯一のインストゥルメンタル曲。
タイトルはモンゴル帝国の創始者チンギス・ハーンに由来しますが、直接的な物語性を持たず、暴力・秩序・征服といったエネルギーを音そのもので描いた抽象作品です。
その完成度の高さから、多くの批評家が「構築美の象徴」として挙げています。
冒頭からのドラムとギターのユニゾン・リフは、まるで軍勢の進軍を思わせる規則的パターンで始まり、その後テンポを切り替えて高速パートへ移行します。
複数のテンポチェンジを伴う構成は、プログレッシヴ・ロックの影響を強く感じさせ、まさにスティーヴ・ハリスの構築主義的作曲理念を最も純粋な形で表した楽曲。
メロディとリズムの対話、ギターとベースの掛け合い、そしてクライヴ・バーのドラムが生み出す緊張感のあるリズム展開。いずれも、単なる技巧披露ではなく“音の設計思想”そのものとして演奏されています。
この曲の存在によって、Killersというアルバムは単なるハードロックの延長ではなく、構成美と叙事性を軸としたヘヴィメタル・バンドとしての方向性を確立した作品となりました。
おすすめの聴きかた
Killersはアルバム1枚で完結している名盤です。聴くときには1曲目からラストまで「通し」で聴くことをお勧めします。歴史的名盤のほとんどは、アルバム単位で作品が完結しており、映画を観るように「通し」で聴くのが基本です。
この作品は、前作の衝動を受け継ぎ、そして理性によって再構築された音像が特徴です。ひとつひとつのパートが明確に分離し、ベース、ギター、ドラムの位置関係が精密に設計されています。
AirPods(Pro)のような優しい音質では表現しきれない作品と思いますので、音圧や躍動感の強いリスニング環境で聴きましょう。
あとがき(Killers)
本作Killersの完成は、同時にひとつの終わりでもありました。
スティーヴ・ハリスはバンドの創設者・作曲家・音楽監督として、練習・ツアー・演奏内容まですべてを管理するリーダーでした。彼の完璧主義は、メンバーの演奏だけでなく、ステージでの立ち位置やパフォーマンス、衣装、さらには観客への接し方まで徹底していたといわれています。
ポール・ディアノはもともと“ストリート上がり”で、即興的で自由なステージングを好むタイプ。そのため、管理的なバンド運営に強いストレスを感じていたようです。
長期のツアーや急速な成功も、彼の心身を蝕んでいきました。“ストリートの荒々しさ”をボーカルで体現していたポールは、次第にその役割を維持できなくなり、アルバム発表の翌年、アイアン・メイデンを去ることになります。
しかしそれは、悲劇というより必然だったのかもしれません。後年、ポールは当時を振り返り、こう語っています。
“アイアン・メイデンは軍隊のようだった”
次作以降、バンドは新たなボーカルを迎え、より構築的な音楽性へ進み数々の名盤を生み出します。
本作Killersは、アイアン・メイデンの理性とストリート感が最後に同居したアルバム。ここで生まれた緊張が、次の時代に引き継がれていくのです。
あなたにとっても「聴き継がれるアルバム」になれば嬉しいです。
※追伸:ポール・ディアノは2024年に逝去しました。

