当サイトの評価
[★★★★(MAX)]
- 3rdアルバム
- リリース_1988年
- 作品名_Lucinda Williams(アーティスト名と同様)
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アルバムに息づいたオーガニック感と文学性
本作Lucinda Williamsは、ルシンダ・ウィリアムズの3rdアルバム。前作『Happy Woman Blues』から実に8年の歳月を経て1988年にリリースされた作品です。
この長い年月を要した理由は、彼女の音楽性がフォークほど素朴でもなく、伝統的カントリーでもなく、かといってロックほど派手でもなかったことにあります。ジャンルの狭間で、どの業界にも“居場所”を見つけられなかったのです。
当時、カントリーの聖地ナッシュビルでは、ポップ寄りで整った声や明るい歌詞、明瞭なメロディーがヒットの条件でした。そんな中でルシンダの声は「ラジオ向きではなく、荒すぎる」と評され、レーベルから敬遠されていました。
一方、ロック界では彼女の音楽がアコースティック色やルーツ的要素を多く含むため、「ロックとしては地味すぎる」と判断されます。
その結果、彼女は、ロックとカントリーの間に埋もれた“ジャンルの谷間の人”となり、次作までの時間が長く空くことになりました。
さらに1980年代後半は、米英でMTVが台頭し、ビジュアル演出が音楽の成否を左右する時代。派手な映像、ファッション、演出が“ヒットの必須条件”となり、音楽史的にも大きな転換期を迎えていました。
しかしルシンダは過剰な演出にまったく関心を示さず、純粋に“音楽で伝える”を追求するスタイルに拘りました。彼女にとって音楽とは、飾るものではなく生のライブ感的表現であり、この姿勢が商業的な業界と噛み合わなかったのも当然と言えます。
実際、本作のサウンドは、1980年代作品とは思えないほど派手さがなく、オーガニックな質感を帯びています。
デジタル編集で整音されたサウンドではなく、非加工的で自然な鳴音
Lucinda Williamsのエピソード
Lucinda Williamsは通算3作目のアルバムであり、1988年にリリースされました。
レーベルはイギリスのRough Trade Records。アメリカ南部出身の女性シンガーソングライターを起用した点は、当時としては珍しく話題を集めました。
当時のルシンダは、大手レーベルとの契約には消極的で、あえてロンドンのインディーレーベルであるRough Trade Recordsを選びました。
「Rough Tradeは私をそのままにしてくれた」と後年語っており、商業的な流れに縛られず、自由に制作できる環境が本作の誕生を支えたのです。
“I hated the way major labels made my music sound.”
(メジャーレーベルが私の音楽を“きれいすぎる”ように変えてしまうやり方が本当に嫌だった。)
出典:The Guardian “Lucinda Williams: ‘I hated the way major labels made my music sound’” (2023, The Guardian)
プロデューサーはルシンダ・ウィリアムズ自身。サポートにDusty WakemanとGurf Morlixが名を連ねています。
特にGurf Morlixはライブ・バンドの一員でもあり、レコーディング時にもギターとバッキングボーカルで参加しています。
制作はカリフォルニア州ロサンゼルスを中心に行われ、レコーディング環境は大規模スタジオではなく、小規模で温度のあるセッション形式でした。
これはルシンダ自身の希望によるもので、「演奏の息づかいをそのまま残したい」という方針から、同時録音(セッション)に近い形で進められています。一部の楽曲では、ヴォーカルを別テイクで差し替えることすら拒んだと伝えられています。
プロデューサー主導の正確さや洗練性ではなく、人間らしい不完全さや揺らぎをそのまま残すことを優先したのです。
制作陣には、地元の無名ミュージシャンたちが多く参加しており、全体として温かく地に足のついた演奏が特徴です。
派手さや演出よりも、“音楽を音楽だけで伝えること”を優先した制作姿勢が、現在に至るルシンダ・ウィリアムズ像を決定づけた名盤です。

Lucinda Williamsの収録曲
- I Just Wanted to See You So Bad
- The Night S Too Long
- Abandoned
- Big Red Sun Blues
- Like a Rose
- Changed the Locks
- Passionate Kisses
- Am I Too Blue
- Crescent City
- Side of the Road
- Price to Pay
- I Asked for Water (He Gave Me Gasoline)
本作Lucinda Williamsは、オリジナルレーベル側の経営難と再編の影響でカタログから消滅し、長い期間、廃盤状態が続いていました。
近年、Deluxe Editionとして待望の復活が実現したのですが、“余計なボーナストラック”が収録されていることだけ難点です。
アルバムとしての完成度を味わうには、1曲目から12曲目まで、オリジナル収録曲でのリスニングをおすすめします。
PickUp:Big Red Sun Blues
『Big Red Sun Blues』はアルバム4曲目に収録されたナンバー。ブルースをルーツに、カントリーの温かみやロック的なリズムの心地よさを併せ持つ、ルシンダらしいジャンル複合的な楽曲です。
明るく軽快なリズムとは裏腹に、“Big Red Sun”とは沈みゆく太陽のこと。恋人との関係が壊れていく、その最初の瞬間を静かに描いています。
何度も繰り返されるフレーズ “Big Red Sun Blues” は、抜け出せない感情のループ。つまり「行き場を失った心の喪失感」を音楽的に表現しているようです。
愛の終わりを見つめ自己内省する女性の憂鬱
一方で、楽曲のテンポ、リズム、そしてルシンダの乾いたボーカルは、その憂鬱をさらけ出すような心地よさがあります。悲しみと音の快楽が共存する、彼女ならではの名曲です。
“How’m I gonna lose these Big Red Sun Blues?”
(どうしたらこの憂鬱を振り払えるの?)
出典:Lucinda Williams『Lucinda Williams』(1988, Rough Trade Records)
PickUp:Am I Too Blue
『Am I Too Blue』はアルバム8曲目に収録されたスローバラード。ブルースを基調に、フォークの静けさとカントリーの素朴さを感じさせる、内省的な一曲です。
タイトルの “Am I Too Blue” は「私は重すぎるの?」という意味。感情の深さゆえ、恋人にとって重すぎるのではないか、という問いかけでもあります。
この楽曲の歌詞は、ほぼすべての行が「疑問文(?)」で終わります。つまりこの歌は、語り手が相手に語りかけているようで、実際には答えの得られない問いかけです。
愛されることの難しさ、愛することの純粋さゆえに不安になる人間の繊細さ。
派手な展開はなく、淡々と進むギターのストロークとルシンダの飾り気のない歌声が、“感情の深さを抱えたまま生きる女性”の姿を映し出しています。
装飾を排した音と詩の構成が、かえって深い余韻を生み出しており、アルバム全体の中でも最も繊細で詩的な瞬間を描く楽曲です。
“Am I too blue for you?”
“Am I too blue?”
“When I cry like the sky, like the sky sometimes”
“Am I too blue?”(私って、あなたにとって重すぎるの?)
(私は沈みすぎているのかな)
(空が泣くみたいに──ときどき、私は涙を流す)
(それでも、やっぱり私は沈みすぎているの?)
出典:Lucinda Williams『Lucinda Williams』(1988, Rough Trade Records)
おすすめの聴きかた
本作Lucinda Williamsはアルバム1枚で完結している名盤です。聴くときには1曲目からラストまで「通し」で聴くことをお勧めします。歴史的名盤のほとんどは、アルバム単位で作品が完結しており、映画を観るように「通し」で聴くのが基本です。
この作品は、他の名盤以上に名曲が並ぶアルバムです。曲をスキップする余地はどこにもありません。また、サウンド面は過剰な表現や加工をせず、楽器の自然な“音”が録音されていまます。
一般的なロックのように音圧や躍動感を重視したリスニング環境でなくても、十分に作品の本質を感じることができると思います。
あとがき( Lucinda Williams)
ルシンダ・ウィリアムズは、3作目となる本作で音楽の方向性が決定付けられたと評されています。後に、ルシンダ自身もインタビューで下記のように語っています。
“To tell you the truth, I don’t think I really realized that, ‘Wow, I can do this,’ until right before I did that album for Rough Trade Records.”
(正直に言うと――「自分にもできるんだ、すごい」と本気で実感できたのは、このアルバムを作るほんの直前のことだった)
出典:Write on Music “Interview with Lucinda Williams” (2011, Write on Music)
収録された楽曲はどれも高い完成度を誇りますが、同時に“起伏の少なさ”を感じるかもしれません。しかしそれは、人間の生活や感情の自然なリズムを再現しようとした、ルシンダ自身の意図によるものです。
全曲が似たテンポと質感で並ぶことで、聴き進めるうちに、アルバム全体がひとつの風景画のように広がっていく。そこに本作の本質的な魅力が宿っています。
ボーカルの表現も素晴らしく、ビブラートやアクセントはすべて自然な範囲にとどめられています。随所に差し込まれるピアノも必要最小限で、装飾を排した音の純度が際立ちます。
時代の流行とは逆行するような素朴さが、これほどまでに美しく響くものでしょうか。
また、有名な詩人を父に持つ彼女の歌詞は、当時から批評家たちに高く評価されていました。平易な歌詞と、オーガニックなサウンドが描く女性の繊細さと自己内省の12篇の詩。
あなたにとっても「聴き継がれるアルバム」になれば嬉しいです。

