【永遠の名盤】Same Trailer Different Park(ケイシー・マスグレイブス)

当サイトの評価
[★★★★(MAX)]

  • 1stアルバム
  • リリース_2013年
  • 作品名_Same Trailer Different Park

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目次

小さな町の日常をカントリーに乗せた名盤

本作Same Trailer Different Parkは、米国のテキサス州出身のアーティスト、ケイシー・マスグレイブスのデビューアルバムです。

彼女は、テキサス州東部にある人口わずか数百人の町、ゴールデンで生まれ育ちました。近くの都市タイラーからは北に約60キロの場所に位置します。

その出自は、アルバム全体に流れる「田舎町の暮らし」「閉塞感」「日常のシニカルな視点」といったテーマと共鳴し、作品性にも大きく影響しています。

Same Trailer Different Parkは、当サイトで紹介する名盤群のなかで、2000年代以降にリリースされた最初のアルバムです。

なお、本作が属する「カントリー」というジャンルは、日本の“洋楽ファン”にとっても、聴き手が多いジャンルではありません。ただし、ケイシー・マスグレイブスのアルバムは、カントリーに関心がないリスナー層にも強くお勧めできる作品です。

本作Same Trailer Different Parkは、“カントリーを革新した”と言わしめる作品ではなく、むしろ伝統的カントリーを基盤にしながら、現代の価値観と時代性を巧みに取り込んだアルバムです。

そして、マスグレイブスは過剰な演出をせず、等身大で誠実かつ温かみのある世界観を描けるアーティスト。

本作Same Trailer Different Park(同じトレーラー、違う駐車場)というタイトルも、郊外や地方に暮らす人々の生活感をテーマにしています。

ありふれた日常や、どこにでもある風景。しかしそこで生きる人々には、それぞれの物語がある。

マスグレイヴスは、そんな平凡さの中に潜む生活やユーモアを、音楽でストレートに表現しました。

全曲が素朴かつ優れた楽曲で構成された本作は、ジャンルこそ異なりますが、70年代の大名盤、キャロル・キングの『Tapestry』を連想させます。

Same Trailer Different Parkのエピソード

Same Trailer Different Parkは、2013年3月に米ナッシュビルのMercury Recordsからリリースされたケイシー・マスグレイブスのデビューアルバムです。

制作には、シェーン・マカナリー、ルーク・レアードといったナッシュビルのソングライター兼プロデューサー陣が関わり、マスグレイブス自身も全曲の作詞・作曲に携わりました。

彼女はすでにミランダ・ランバートや他のカントリー歌手に楽曲提供を行っており、ライターとしての評価を築いた上でのデビューでした。

アルバムに収録された楽曲は、保守的な題材が多いカントリーシーンにおいて異彩を放ちました。

『Merry Go ’Round』では地方都市の閉塞感や人々の不安をリアルに描写し、『Follow Your Arrow』では同性愛や自由な生き方を肯定するテーマが含まれており、従来のカントリーにあまり見られなかった率直な視点が本作の特徴です。

リリース直後から批評家の反応は非常に好意的で、メタクリティックでは89点の高評価を獲得。The Washington Post は2013年の年間ベストアルバム1位に選び、Rolling Stone も「2013年のベスト・アルバム50」で28位にランクインさせました。

商業的にも成功を収め、アルバムは全米Billboard 200で初登場2位、カントリー・アルバム・チャートでは1位を記録。

『Merry Go ’Round』はシングルとしてもスマッシュヒットとなり、グラミー賞最優秀カントリーソングを受賞しました。さらにアルバム自体も第56回グラミー賞で最優秀カントリー・アルバムを獲得し、デビュー作にしてその地位を確固たるものとしました。

アルバムジャケットはシンプルにマスグレイブス本人を撮影したデザインで、アーティスト本人の姿勢と同様、過剰な演出を排したものとなっています。

Same Trailer Different Parkの収録曲

  • Silver Lining
  • My House
  • Merry Go ’Round
  • Dandelion
  • Blowin’ Smoke
  • I Miss You
  • Step Off
  • Back on the Map
  • Keep It to Yourself
  • Stupid
  • Follow Your Arrow
  • It Is What It Is

PickUp:Follow Your Arrow

“あなたの目指す方向へ”

『Follow Your Arrow』は、社会のダブルスタンダードを皮肉りながら、最終的に“自分の道を進め”と歌う、現代カントリーにおける自由のアンセムです。

二律背反の風刺。

「お酒を呑まなければ堅い奴、呑めばダメな奴」「教会に行かないと地獄行き、最善列に最初に座ったら非常識」。

どっちにしても叩かれる。ならば、自分の思うように進めば良い、と結論付ける歌詞世界です。

そして、『Follow Your Arrow』は、カントリー音楽の保守的文脈では珍しく、同性愛(女の子同士のキス)やマリファナといったテーマにも触れています。

そこに説教性はなく、軽やかな口調の皮肉とユーモアが際立ちます。わたしが心から愛する1曲

ぜひ、公式のMusic Videoを日本語字幕付きで鑑賞してください。人生の価値観を変え得るナンバーです。

“You’re damned if you do, And you’re damned if you don’t”

“So you might as well just do, Whatever you want”

“So, Make lots of noise, Kiss lots of boys, or kiss lots of girls”

“If that’s something you’re into”

(何かをしたら非難される。しなくても非難される)

(だったらやったほうがいい)

(さあ堂々と、男子にキスしまくって、あるいは女子でもいい)

(あなたがそうしたいなら)

出典:Kacey Musgraves『Same Trailer Different Park』(2013, Mercury Nashville)

PickUp:It Is What It Is

“それはそれとして”

『It Is What It Is』は、アルバムの最後を静かに締めくくる楽曲です。その歌詞が描くのは、恋愛と呼ぶには薄く、かといって割り切れない、曖昧な関係の姿。

愛しているのかもしれないし、ただ退屈を紛らわせているだけかもしれない。そんな曖昧な気持ちを、ケイシー・マスグレイブスは「It is what it is(それはそれ)」と淡々と歌います。

「終わるまでは続くし、終わればそれまで」

そんな諦念にも似た現実感を歌いながらも冷え切った感じはなく、むしろ人間らしい弱さや孤独がにじみ出ています。華やかな愛の賛歌とは正反対に、誰もが抱える曖昧で居心地の悪い感情をそのまま肯定する。

この誠実さが、アルバム全体を締めくくるにふさわしい余韻を与えています。

ヴォーカルの感情起伏は大きくないのですが、代わりに中間部でペダルスティール・ギターが昇天し、楽曲を美しく彩ります。淡々としたリズムと対照的な音色は、情感を帯びたままアウトロへと向かいます。

おすすめの聴きかた

Same Trailer Different Parkはアルバム1枚で完結している名盤です。聴くときには1曲目からラストまで「通し」で聴くことをお勧めします。歴史的名盤のほとんどは、アルバム単位で作品が完結しており、映画を観るように「通し」で聴くのが基本です。

特に本作は、全曲がシングル・カットとして成立するほどのクオリティを誇ります。PickUpで紹介した楽曲に限らず、全曲に耳を傾けてみてください。

『Merry Go ’Round』は全米でヒットし、本作を代表する楽曲のひとつとして広く知られています。

なお、一般的なロックのように音圧や躍動感を重視したリスニング環境でなくても、十分に作品の本質を感じることができると思います。

あとがき(Same Trailer Different Park)

カントリー・ミュージックはお好きですか?

日本において、カントリー・ミュージックの市場は非常に狭いと思います。わたし自身、ケイシー・マスグレイブスのアルバムに出会うまで、関心も知見もありませんでした。

この記事の最後に、マスグレイブスが愛する「カントリー・ミュージック」について触れておきます。

カントリーは「古いジャンル」と思われがちですが、アメリカでは依然として大きなファン層を持ち、全米チャートでも常に一定の存在感があるジャンルです。その根底には、アコースティック楽器を中心とした音作りや、日常の暮らしを題材にした歌詞といった、揺るぎない伝統性があります。

そして、ケイシー・マスグレイブスのような若いアーティストが現れ、新しい価値観や世代の感性をカントリーに持ち込み、国外に新しいファン層を築くことは、まさに“音楽”を通じた共感。

アーティスト活動の目的そのものと感じます。

永遠の名盤と呼ぶには新しい作品ですが、小さな町の日常をカントリーに乗せたSame Trailer Different Park。きっと、これから数十年後も愛される作品になるでしょう。

あなたにとっても「聴き継がれるアルバム」になれば嬉しいです。

この記事を書いた人

一生の中で、このアルバムに出会えてよかった

rock-streetsでは、わたしの大切なアルバムを、わたしの言葉で伝えています。
ロックであれ、ヘヴィメタであれ、感情を揺さぶる音楽は「芸術」と考えています。

Rockに限らず、クラシックも紹介していきます

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