当サイトの評価
[★★★☆]
- ライヴアルバム
- リリース_1978年
- 作品名_at Budokan
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武道館公演の熱狂と名演を収めたライヴ名盤
at Budokanは、1978年に日本武道館で行われたチープ・トリックの公演を収録したライヴ・アルバムです。本作の最大の特徴は、スタジオ盤を超えた衝動あふれる演奏と日本の観客が生み出した熱気が、そのまま作品化された点です。
スタジオ盤では整理されたポップな音作りが目立っていた楽曲ですが、この武道館でのライヴでは荒々しい衝動と観客の大合唱が一体となり、武道館の空間が一種のトランス状態に入りました。
観客の歓声や掛け合いは単なる背景ではなく、楽曲を完成させる不可欠な要素として刻まれており、まさに「日本のファンが作品を共に作り上げた」記録です。
ロック史の中で「ライヴ盤が代表作」として語られる例はごく限られています。
その中でat Budokanは、Cheap Trickを単なるスタジオ・バンドから、ライヴで輝く存在へと印象づけた稀少な成功例でした。
日本の熱狂を封じ込めたこの一枚は、バンドのキャリアを変えただけでなく、ライヴ盤の可能性を示した作品としても特別な意味を持っています。
at Budokanのエピソード
1978年4月28日と30日、チープ・トリックは日本武道館のステージに立ちました。
当時の日本における人気は本国アメリカを凌ぎ、ラジオや音楽誌を通じて若い世代から爆発的な支持を受けていました。チケットは即日完売し、会場は開演前から熱気に包まれていたと伝えられています。
録音はCBSソニーによって企画され、当初は日本市場限定のライヴ盤として発売されました。アルバムでは観客の大歓声が大きく収録されており、その熱気が演奏と一体化したリアルな音源に仕上がっています。
リリース直後から輸入盤がアメリカへ持ち込まれると、ラジオ局がこぞってオンエアし、思わぬかたちで全米でも話題となります。その熱狂的な反響を受け、Epicレコードは急遽1979年に全米で正式リリースを決定しました。
結果、at BudokanはBillboard 200で最高4位を記録し、300万枚以上のセールスを達成。シングル・カットされたライヴ版『I Want You to Want Me』も全米7位の大ヒットを記録し、スタジオ盤では評価されなかった楽曲が一転して、チープ・トリックの代表曲となりました。
この成功は、アメリカのロックバンドが国外の熱狂をきっかけに評価を塗り替えるという極めて珍しい事例でした。
日本のファン文化が直接的に世界の音楽シーンに影響を与えた象徴的なアルバムとして、at Budokanは今も特別な意味を持ち続けています。
at Budokanの収録曲
- Hello There(Live)
- Come On, Come On(Live)
- Lookout(Live)
- Big Eyes(Live)
- Need Your Love(Live)
- Ain’t That a Shame(Live)
- I Want You to Want Me(Live)
- Surrender(Live)
- Goodnight Now(Live)
- Clock Strikes Ten(Live)
PickUp:I Want You to Want Me(Live)
2ndアルバム「In Color」からの『I Want You to Want Me』
スタジオ版よりもテンポが一段速く、積極的に使われているギターがザラついた歪みを強調。楽曲にロックの厚みと煌めきが宿りました。
エレキギター主導のライヴ・アレンジと観客とのコール&レスポンスで「薄味のポップ」から「ロック・チューン」へと性格を変えたこの楽曲は、アルバム全体の中でもとりわけ人気の高いトラックです。
ミックスは歓声を積極的に取り込む設計で、会場ノイズと演奏のバランスに細心の調整が施されているようです。
米国ではアルバム「In Color」収録時に十分な評価を得られなかった同曲が、日本の武道館という場で爆発的な熱狂に包まれたことで、初めて国際的ヒットへと開花しました。
下記はチープ・トリックのオフィシャルチャンネルで公開されている武道館演奏の動画です。
演奏主体の編集で観客の熱狂は伝わりにくいのですが、本国で人気低迷に悩んでいたバンドが、日本の大歓声を受けて、本当に嬉しかったのだと思います。
PickUp:Surrender
3rdアルバム「Heaven Tonight」からの『Surrender』。
武道館公演で初めて日本の観客に披露されたこの楽曲は、スタジオ盤以上に甘美性とキャッチーさを増して、観客の熱狂と一体化しながら演奏されました。
ハードなギターリフとロビン・ザンダーの伸びやかなヴォーカルに対し、会場全体の歓声が重なり合い、バンドのエネルギーをさらに昇華させています。
『Surrender』は親と子の世代をユーモラスに描いた歌詞で知られる一曲。イントロから熱狂的な歓声が演奏に組み込まれ、サビでは観客の合唱が曲を完成させています。
おすすめの聴きかた
本作at Budokanは、日本武道館の演奏をそのまま音源化したライヴアルバム。
一般のスタジオ盤のように全曲を通しで聴くことに拘る必要はありません。武道館公演の熱狂を、お好きな楽曲で楽しんでください。
そして、『I Want You to Want Me(Live)』は、ぜひ、「In Color」に収録されているスタジオ盤と聴き比べをしてください。武道館公演が楽曲を開花させたことを体験できると思います。
なお、再生時の「サラウンド・3D・360・空間オーディオ」などの効果は、音に広がりを持たせる一方、輪郭を不明瞭にしてしまいます。この作品の醍醐味である観客の歓声は、それらの効果をオフにしたほうが直接的に感じられると思います。
あとがき(at Budokan)
“ライヴ盤のアルバムなんて、聴く気になれない”
そのように感じているリスナーは多いと思います。この記事の最後に、「ライヴ盤」の意義について、触れておきたいと思います。
ライヴ盤は、コンサート・ライヴをそのまま音源化したアルバムです。当然、スタジオ盤と比べれば音の精度や演奏の再現性は下がり、録音環境に左右される部分も大きいでしょう。
わたし自身、通常はライヴ盤を好んで聴くことはありません。実際に足を運んだコンサートであれば“思い出”として楽しめますが、単体の音源としては特に価値を感じないのです。
しかし、ライヴ盤は“その瞬間にしか存在し得ない”、唯一かつリアルな作品でもあります。
歴史に残るライヴの名盤は時にスタジオ盤をも凌ぎ、楽曲そのものに新しい生命力を与えます。バンドの熱演と観客の熱狂は、スタジオ盤とは違う感動も与えてくれます。
本作at Budokanに収められた『I Want You to Want Me』の“Cryin-”の観客レスポンスは、表現が難しいのですが、とても可愛く感じてしまいます。
日本の熱狂が発火点となり、歴史的ライヴ名盤になったat Budokan。あなたにとってもお気に入りの1枚になれば嬉しいです。